6/24/2015

セレッソとフォルランと、Jリーグの2014年。 #cerezo #photo #j_toku #jleague

フォルランが離日し、セレッソは元のクラブへと戻った。手元には単年度赤字、チームの成績不振という目に見える遺産と、ビッグネーム獲得のノウハウという目に見えない財産、そして、選手選定の難しさという課題が残った。


結果論で言えば、フォルランのような「周りに活かされる」タイプの選手は受け入れるチームの編成によって成績が大きく変わってしまう。もし獲得するのであれば、クラブの現状をよく精査しなくてはいけなかった。

フォルランに合わせられるパサー、ゲームメーカーがいなかった(フォルラン獲得資金のためにその選手との契約を切ってしまった)セレッソは、明らかに状態が悪かった。それでもフォルランが19のゴールを奪えたのは、彼がワールドクラスであるという証明なのかもしれない。


過去の流れで見ると、Jリーグで活躍できるタイプの外国籍選手は


  • フィジカルやスピード、高さに秀でているモンスタータイプ
  • 周りを活かすゲームメーカー、バランサータイプ


が圧倒的に多く、フォルランのような駆け引きとスキルで勝負するタイプは失敗する傾向がある。リネカー、マッサーロ、ベベット、キレが鈍ったビッグネームの共通点だ。中にはウェズレイのように日本に順応した例外もあるが、それを探す方が難しい。


にも関わらず、岡野前社長が秘密裏に事を運び、Jリーグもリーグを盛り上げるためと彼の行動を後押しした。前例を跳ね除けフォルランが活躍し、セレッソもJリーグも活況を呈していれば大成功だったろう。けれどこれは可能性の低いバクチだった。出目も、恐らく順当なものだった。


セレッソの歴史に残るような大失敗から目をそらしてはいけない。体力の無いクラブなら破産さえ起こしかけないこの失敗が、なぜ、どのように起こったのか、二度と同じ事例を起こさないためにはどうするべきなのかをキチンと検証しなくてはいけない。


第一に、経営者や一部の人間による独断専行が起こらないクラブ体質を作る必要がある。

確かに、すぐにスポーツメディアに秘密を口外してしまう「クラブ関係者」達は、トップからすれば信用が置けない存在なのかもしれない。それでも、少なくとも強化部との連携は保持しておくべきだった。であれば、早い段階で穫れる選手を獲る、ではなく戦力たりえる選手を獲る、が正解なのだと理解できたはずだ。


さらに言えば、保持すべき人材は保持すべきであるし、よい成績を残したいのであればいの一番に補強すべきは指導者なのだ。レヴィー・クルピという成功例にすがって、延命してきたセレッソに訪れた2014年という転換期は、まずよい指導者をむかえるところからスタートすべきだった。年俸や経費が安くつくから、などという悪い冗談のような理由でランコ・ポポヴィッチを招聘したのは明らかに間違いだ。


第二に、Jリーグという組織の考え方、姿勢をよく記憶しておくべきだ。

彼らは決して「一クラブの繁栄」を望んでいるわけではない、「リーグ全体の繁栄」を望んでいるのだ。だから、彼らにとってのフォルラン獲得は決して失敗ではなかった。セレッソがフォルランを連れてアウェイにおもむくたびに数多くのサポーターが集まってくる。集客や露出という面ではいい影響があったはずだ。


彼らにとって2014年の失敗とは、恐らくJ1の前期後期制への移行に反対する各クラブサポーターがメディアに取り上げられてしまったことと、さいたまスタジアムのゲートに掲げられたJapanese onlyの段幕の、このふたつに違いない。

彼らはリーグの管轄者であって、それ以上でも以下でもない。ある一点で共通の目標ができたとしても、その目的まで同じとは限らないのだ。それを忘れてはいけない。


しばらくはこの失敗から大物獲りは忌避されるだろう。それを面白くないと揶揄する人間も出てくるはずだ。

それでも、それでいいと俺は思う。好きなクラブがめちゃくちゃになって、いるべき場所から追い出される思いに比べれば、そんな揶揄をぶつけられてもなんの痛みもありはしない。

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