5/18/2015

明治安田生命J2リーグ第14節 C大阪 1vs2 長崎 成長する黒木聖仁、停滞するセレッソ大阪。 #cerezo #photo #diary #vvaren

うまく表現できない。選手は、それは試合に直接関わって、そして負けたのだから、責任を負うべきだろう。しかしそれ以前に、チームとして「戦術的な起用ミス」があって、セレッソは試合が始まる前から軛(くびき)をくわえさせられていた感がある。そのツケが毎度おなじみ試合終了間際の失点に繋がっていた。


久しぶりにフォーメーション図を使おう。


スタメンは変わらず。関口訓充がケガで大事をとってベンチ外、ボランチの層が薄い。

試合開始直後の守備。多分、負けがこんでいる時に意思疎通をキチンとしていたんだろう、ボールを奪われるとちゃんと4-4-2でセットしていた。

ボールホルダーと逆サイドの選手が下がって4-4-2

ただ、この守備はたまに破綻する。前線三枚の守備意識や運動量の関係で、4-3-3のまま守備をしなくてはいけない場面が何度か生まれていた。


恐らく長崎は、そして中盤でタクトを振るう黒木聖仁は、この前線の守備意識の希薄さをしっかり把握していたんだろう。何度も何度もフリーになり、素早くボールをさばき、攻撃のスピードを高めに設定していった。


そうすると、セレッソは自陣に戻る回数が増えて、チーム全体が疲弊していく。これもいつものパターンだ。


攻撃に関しても縦に早く、長いボール一発にかけるので枚数をかけられず、全体的に淡白で希薄なものになってしまった。セカンドボールを拾うなんてことは、贅沢な注文だったな。

そうやってパウロ・アウトゥオリとチームの考えがすれ違ったまま、セットプレーから黒木にボールを押し込まれた。移籍に出された男の意地もあったろうし、長崎のキャプテンとして負けられないという強い気持ちもあったんだろう。


後半は、より滑稽な状態に陥った。玉田圭司が投入されたものの、下がったのは右サイドの椋原健太。システムを4-2-1-3にしたんだろうか。ピッチレベルでは推し量れなかった。


パウロ・アウトゥオリという人物は「高さ」という要素をとても気にする。パブロが重用されるのは、FWの中で唯一空中戦ができる存在だからだ。この交代にしても、相手の高さに押されていた椋原の位置に、上背のある長谷川アーリアジャスールを入れた。


この考え方も「あり」ではある。ただし、本業のサイドバックではない分、攻撃の厚みを作れないというデメリットも計算しておかないと厄介だ(結局同点後は本職の酒本憲幸を投入している、ギャンブルプレーだったのだろう)

同点もフォルランのフリーキック、その技量によるものであって、チームが連動して崩すだとか、うまいパスをつないでいくだとか「組織としての崩し」は皆無だった。個々人が頑張っていても、チームとして動けなければ守備側は楽だ。


そうして、前線に守備をしないプレーヤーがいることで起こる、中盤から後ろのガス欠が、この試合でもハッキリ現れた。交代策をうまく使えばごまかせていたかもしれないが、パウロはそれほど「戦術眼」に長けた監督ではない。

やがて、長崎が黒木を起点にサイドから切れ込んでいく攻撃が散見されるようになる。少なくとも二度フリーで押し込まれそうになっていた。ギリギリで難を逃れていたものの、「やられていた」とカウントするべきシーンだ。


楠神順平、玉田がもう少し気楽にプレーできていたら。ボランチより後ろの負担がもう少し軽ければ…得られた勝ち点はひとつやふたつでは無いはずだ。試合終了直前の失点がチーム全体の5割弱という数字は、いかにセレッソのチーム構成がいびつなもので、破綻しているかを表している。



ディエゴ・フォルラン、カカウ、彼らの「ワールドクラスのプレー」に全員を合わせるべきか、それとも二人が、そして監督が現実的な方法でこの危機を乗り切るべきか、自明ではないだろうか?少なくとも昇格を目指すのであれば、現実路線のエッセンスを加えた方がいい。


実際、日本人プレーヤーが前線と中盤の橋渡し役、守備での汚れ役を演じている試合では面白いようにボールが回り、チームは生き生きとプレーしている。なぜそれを自らの手で止めてしまうのか、悔しくてならない。


やっぱり、熊本まで行ってみるよ。

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