4/30/2015

明治安田生命J2リーグ 第10節 C大阪 3vs0 京都 関口ありがとう。 #cerezo #photo #diary

今日は…ただシンプルにセレッソらしさが出たことを喜びたい。


アウトゥオリのやりたいサッカーのえぐ味というか、セレッソというチームに相容れない部分がうまく消えて、もともと選手が持っているポテンシャルがよく引き出されてた。



特に、讃岐戦先発して大活躍だった楠神順平と、今回スタメンに抜擢され、右の二列目を任された関口訓充の動きが秀逸だった。

楠神は前線から下がる動き、関口は中盤から上がる動きをよくしていて、今までにあった前線と中盤がうまく繋がらない悪癖が取り除かれていた。京都の運動量や質に助けられた部分があったとはいえ、賞賛されるべきものだと思っている。

攻撃のスムーズさ、守備の時の相手の追い込み方には、やはりある程度「水を運ぶ」、運動量の多いタイプの選手が複数人必要なのだろう。



もちろん、ディエゴ・フォルランや扇原貴宏のような、相手に詰められても長いボールをうまく逆サイドに展開できる存在も不可欠ではあるけれど、そのバランスが今までと少し変わっただけで、クオリティが劇的に向上したのはキチンと踏まえておきたい。



得点はPKふたつにフリーキック。流れの中でも、少なくとも4回は決定機があった。これも決め切っていれば、手応えはさらに確かなものになったろう。これは福岡戦、それから絶対に落とせない磐田との戦いに向けての課題。


最近は、笑うことも少なく、鬱屈した日々を過ごしていたけれど、これでやっと眠れる。幸せだと思える。サッカーってのは、こうもありがたいものなんだな。

後は、写真を少し。見ていってくれると嬉しい。





4/26/2015

明治安田生命J2リーグ第9節 讃岐 1vs3 C大阪 楠神順平はあきらめない。 #cerezo #photo #diary




今ようやっと四国に別れを告げたところ、バスは淡路島を快走している。


ずっと固定メンバーで戦ってきて、いいところも悪いところも表層に現れるようになった、対策も立てられているようだ。ここ二試合の不甲斐なさは、だからいつもの敗戦以上に精神的に来るものがあった。

そんな中で、楠神順平という存在が流れを変えてくれたのは実に大きい。彼がいるおかげで、攻撃のバリエーションが増え、守備時のブロック構築へのスムーズさも増し、何より、チーム全員が勝とうと、気持ちを一つにしてくれた。



彼が3トップの一角に入ると、必ず3センターのラインまで下がってくる。ドリブラーなのだから、ボールを受けて前を向かないと話にならないからだ。


だから、仮に攻撃が不意に途切れた時でも最終ライン4枚と、中盤3枚に、プラス楠神が加わって4-4のラインができる。玉田圭司も下がり目になってくれるので、今日のセレッソは長いボール以外にも、ドリブルで持ち上がって全体で攻めるシーンがたくさんできた。攻守のリズムがよかったのはそのためだ。


讃岐は長いボールで引っ張られることを想定していたはずだから、このリズムの変化についていけなかったんだろう。前半15分までにディエゴ・フォルラン、そして楠神自身の2ゴールで圧倒的な優位に立つことができた。


正直なところ、讃岐とセレッソの力量差は考えていたより少なかった。それでもこの3点差という精神的なアドバンテージを得たことで、相手にほぼサッカーらしいサッカーをさせなかった。後半の我那覇のゴールからは息を吹き返していったけれども、3-1をひっくり返すほどの時間とスタミナ、そして交代カードが無かった。

ただ、セレッソにしても交代のさせ方がうまかったとは言えない。パブロを入れるのはいいけれど、ターゲットとして前に残しすぎてしまった。


ここ何試合かは前線が3枚いても守備が効かず、守備の際は中盤と最終ラインがスピードにのった敵の攻撃をモロに受けていた。4-4のブロックと 4-3のブロックでは余裕が全く違う。今日のパブロ投入後は、この悪いセレッソが戻ってきてしまっていた。

もう本職が空中戦というプレーヤーは田代しかいないのだから、パブロもキチンと引いて、変則の4-3-3、つまり4-4-2もどきを継続した方がいいように思う。

3点目以降、もっと点が取れたら勢いはさらについたろうけれど、先ずは連敗脱出と、有効な戦い方の発見を喜ぶことにしよう。今日はみんなお疲れ様、京都戦で、もっと強く弾みをつけていこう!



4/22/2015

曜一朗のビジネスは「三方良し」だったか? #cerezo #photo #diary

ディエゴ・フォルランが今夏までだとか、柿谷曜一朗を買い戻すとか、この2年間は何だったんだろうと首をひねる。


それは、セレッソを愛しているプレイヤーで、海外で(苦しいながらも)経験を積んできた若いストライカーなんて、喉から手が出るほどほしいに決まってる。個人的には帰ってきたら嬉しい。


でも、彼を売ったのはセレッソのフロント。フォルランとの兼ね合いでどうこうとか小難しいことを言っても、モトサヤに収まりたいだらしない彼氏みたいで、なんか苦手だ。

本当は、柿谷にはヨーロッパで活躍して、30ぐらいでキャリアのトップに達して、セレッソには「終の棲家」みたいな感覚で戻ってきてほしかった。そうして、セレッソにもそんな柿谷を受け入れる態勢が整えられる大人のクラブに成長していてほしかった。今のままじゃなんの進歩もなくて、ただお金と人がガチャガチャと動いただけになってしまう。


親会社の1つであるヤンマーは、近江商人を祖に持つ山岡氏が創業した。その近江商人の言葉に「三方良し」というものがある。「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」、その商いで誰も損をすることがないというのがその意味だ。

この「フォルランを買い、柿谷を売り」した商いは成功だったか。まずフォルランを買ったセレッソは成績を落として二部に落ち、売り上げも過去最高だったにも関わらず利益は出なかった。フォルラン側もポポヴィッチ、ペッツァイオリ監督の下では実力を出し切れず、大熊政権では出場機会すら逃した。「世間よし」となったのはフォルラン見たさにスタジアムにこぞった他チームのサポーター、クラブばかりだった。

柿谷の場合もそうだ。売り手のセレッソは二部に落ち、買い手のバーゼルは柿谷の良さを引き出せなかった(実力が足りないとは書きたくない)そうして、熱烈なファン、サポーターにとってもガマンの日々が続いた。


セレッソの誰が笑ったろう?誰が得をしたろう?そのモヤモヤだけが、心の底にワインの澱のように沈んでいる。

4/21/2015

エビ以下人間のこと。 #photo #diary

最近になって、ネイチャーアクアリウムというものに興味を持つようになった。カメラとサッカーという、あまりにも金食い虫の趣味があるので手を出していなかったが、なかなかに美しく、素晴らしい趣味だと感じた。




水槽の中に主役となる水草、ヤマトヌマエビなどの甲殻類や熱帯魚を放って「小さな楽園」を作るのが、ネイチャーアクアリウムの基本になる。


水草は光合成をして二酸化炭素を酸素に変える。熱帯魚やエビは酸素を得て呼吸をし、水中のプランクトンを食べる。彼らの吐き出す二酸化炭素と水槽の底に落ちたフンは栄養となり、またプランクトンや水草に還元される。お互いがお互いを保管しあいながら生きていることが素晴らしいと感じた。


ああ、ヤマトヌマエビやウィローモスができることが、どうして俺にはできないんだろうな。和の中に、輪の中に、加わることがどうしてもできない。

それでも、だからこそ、これしかないという生き方は変えられない。そうし続けることでしか生きている証明ができないのだから。

スタジアムで会ったら「エビ以下野郎」とでも笑っておくれ、そんじゃ。


4/19/2015

明治安田生命J2リーグ 第8節 C大阪 1vs2 群馬 関口すまない。 #cerezo #photo #diary


これまでそれなりに勝ち星を積み重ねてきた「前後分断サッカー」だけれども、J2相手だろうがいよいよ勝てなくなってきた。理由は簡単で「走らないから」なのだけれど、もう少し細かく書きたい。




セレッソの攻撃陣はディエゴ・フォルラン、カカウ、玉田圭司など、いずれも足元に強みがあるプレーヤーだ。パウロ・アウトゥオリは彼らを活かすために、相手の守備陣形が整うまでに縦に早い攻めで押し切るという選択肢をとってきた。

ただ、これには弊害がたくさんある。例えば、仮に前線の二枚にいいボールが入っても、長く早いボールなのでフォローがどうしても遅くなる。



それから、縦パスをカットされると相手の守備を引っ張るために目一杯ランをしている前線二枚がファーストディフェンダーとしての役割を果たせなくなる。守備はフィールドプレイヤー10対8でスタートするのと等しい。


ボールを奪った相手は今日で言うパブロの位置で数的優位に立てるのでスピードのある攻めができてしまう。セレッソの中盤、山口蛍、扇原貴宏、長谷川アーリアジャスールはいずれもスピードや瞬発力が飛び抜けているわけではないので、フィルタリング、ディレイが難しくなるのだ。


前線は滅多なことでは戻らないし、中盤は苦し紛れの縦パスしか入れられなくなる。その悪循環がセレッソのスタミナを削っているように思う。

キーマンは4-3-1-2の1のところで、今日の先発はパブロだったけれど、ボールロストが多く、守備への切り替えも遅かった。

後半、関口訓充への交代もやむを得ないことだった。椋原健太も長谷川とのコンビがうまく行かず、酒本憲幸に代わった。


アウトゥオリのサッカーは縦に早く、ノッキングすれば密集とは逆のサイドにチェンジと終始徹底している。ボールをドリブルで運ぶ関口や酒本は真逆のタイプだけれども、前半よりは少し動けていたと思う。


理由としてはポジションの入れ替えが激しくなったこと、タメができるようになったこと、全体としては選手間の距離が近くなって、細かなパスワークができるようになったことが大きい。

関口が積極的に下がって「4-4-2もどき」を作ってくれたおかげで、いくらかはマシな守備になった。橋本英郎の投入で右サイドのポジションチェンジ、追い越す動きが活性化した。


それでも、前後分断サッカーの悪癖、ガス欠した時に守備の組織ができないところが露呈して、逆転ゴールを許した。

失点後、試合再開のためにいち早くセンターサークルに戻った関口と玉田

いままでカードの切り方が遅かったアウトゥオリが、後半頭から二枚替え、さらにバランサーとして橋本まで入れた。勝負にこだわったはずが、出目は最悪だった。


やりたいことは分かるし、この形を進化させていくことも可能かもしれない。ただそれよりも前に、ゲームが崩れないようにはっきりとキャプテンシーがとれる組織にするべきだし、守備組織をしっかりと作るための施策(今のままなら4-3-1-2の1を一列下げること)を講じるべきだ。そうしなければ、たったひとつのミスで皆が同様し、勝てる試合も勝てなくなる。

雨がふらなかった以外は、およそ最悪の週末だった。


4/17/2015

報いは誰の上にも降る。 #photo #diary

禍福はあざなえる縄の如し、今までそんなものかなと考えながら生きてきた。

いいことがあれば悪いことがあり、いいことをすればいいことが起こり。それから、悪いことの後にはいいことが待っていて、悪いことをすればしっぺ返しが来る。



2014年の夏から秋にかけては、およそキリギリスのように遊んでいた。それでも生きていく糧は多分にあり、楽しみを共有できる存在がいて、セレッソがどん底である以外はおよそ快適だった。そのセレッソがどん底なおかげで、気分は晴れてはいなかったけれど。



そのぶり返しが今になってドドっとやってきた、それぞれが特に関連性があるわけではないのだけど。いや、ひょっとしたら自分の中の、何かに固執する性質が固着してしまったのがそもそもの始まりかもしれないな。

幸いなのは、我が不幸を笑ってくれる存在が一定数いることだ。最後まで笑われて生きるというのはなかなかできるものではないよ。



ここで終わるつもりは毛頭ない、あまり死にたいとも思わないし。およそどこかで落ち着くだろうさ。ただ、万一のことを考える時はある。

最近お亡くなりになられた桂米朝さんが、噺家が年をとったならその芸をよく見ておくように、死んでしまっては稽古をつけてもらえないのだから。と話をしていたのを思い出す。自分が持っている「芸」が、うまく誰か後進に伝えておきたいというのが、今の欲求だ。これまでは他の欲求が勝っていたけれど、不思議なものだ。

男なので子を産むことはできないし、職業柄ビルやインフラのような「残る」ものを作れない。だとしたら「芸」くらいしか無いんだよ。

露出だろうがシャッタースピードだろうが、絞りの使い分けだろうが教えるよ、暇があったら寄ってきな。そんじゃ。


4/12/2015

金沢戦のアラウンド、それから、応援のこと。 #cerezo #photo #diary


お前にとっての応援とはなんなんだ?という問いかけがあって、それにちゃんと答えようかなと思う。


写真なんて単なる記録でしか無い。何が起こったのかを断片的にしか残せ無い。それを使って「応援」してるとはどういうことなのか。


例えば、選手をうまく撮れれば、その選手を見たくなる人がいるかもしれない。スタグルの写真をFacebookに上げたら、それを目当てにする人がいるかもしれない。


そうして一人でも二人でも、スタグル一食分でも、セレッソとセレッソに関わってる人たちが潤えば、チームの経営もほんの少しだけよくなる。その連続なんだと思ってる。じゃなきゃあんなクソ重たいレンズ持って、次の日左腕が痛くなるようなことしたりしないよ。

僕には高いチケットを毎回買う余裕とか、ゴール裏で跳ねる体力とか、ゲーフラで選手を勇気付ける手先の器用さなんてものは無いんだ。お酒をバカバカ飲んで貢献とかも…無理だ。


だから、できることをできるだけして、がんばるしかない。他の人と違うから、うまく伝わらないかもしれない。ただ、じっとしているように見えるかもしれない(レンズに手振れ補正がついてるといっても限界があるから)。それでも、やるんだ。それしかないから。

生来、不器用なんだよ。何がどうなればこうなるとか、難しい計算がからきしダメなんだ。

ただ、カメラだけは正直だ。これをこうしてああすれば、というのがおよそ分かる。人間よりはシンプルだからね。


いい写真をバンバン撮る人がいて、めちゃくちゃ更新してて、セレッソのことはそこ見ればおよそ分かるって事になれば、その人に後を託したらいいかなとかは思ってる。すごくいいブログもたくさんあるから、その時期は近いかもしれないな。

それでも、「引き継ぎ完了です」と思えるその時までは、今のようなダサくてカッコ悪くて即効性の無い地味サポートを続けていくよ。

片倉さん、そんなでもいいかな?そんじゃ。