2/02/2015

アウトゥオリのサッカー、その哲学。 #cerezo #photo #diary

ここ数日縁があって、舞洲に立て続けに行っていた。こんなに毎日「もうで」をするのはチーム関係者かメディアか、というくらい。


去年はランコ・ポポヴィッチ、マルコ・ペッツァイオリ、大熊裕司と3人の指導者を見ることができた(それは決して幸せな巡り合わではなかったけれど)そして、レヴィー・クルピという偉大な指導者の練習も数えきれないほど見ている。舞洲に行く際は彼らと新監督、パウロ・アウトゥオリとの差異はどこにあるのかを注視していた。


まず大きく違うのは、アウトゥオリの練習がかなり実戦的だ、ということだ。1月のこの時期にミニゲームをガンガンと組んでくる。それも、まるで試合のような強いコンタクトを加えたものだ。ポポヴィッチやペッツァイオリが、それぞれ「ここがポイントだ」と考えている部分だけを丁寧に繰り返し指導していたのとは対照的だ。

レヴィーの場合もミニゲームをすることがあったが、それはレギュラーの攻撃陣とレギュラーの守備陣を組ませて練磨するためのもので、たいてい試合前、シーズン前の仕上げに行うことが多かった。


一番近しいのは大熊監督の場合で、監督の戦術を浸透させるためにかなり激しいミニゲームを組んでいた。しかし、シーズン終盤にバトンを渡された大熊監督の時と同様、それ以上の激しさをキャンプイン前のチームに求めているのは特異だと感じた。情熱、高いモチベーションを持たないと、この練習は厳しいはずだ。


その一方で、アウトゥオリは冷静さも要求している。先のミニゲームにしても、他の練習にしても、熱さ激しさを追い求めているのではなく、いかにその中で結果を出せるかを考えている。

例えばミニゲームでは、サイドに人が密集した時、それを打開するパスやランを行った選手を非常に高く評価する。局面局面で、チームがどうあるべきかを考えられる選手を育てたいと考えているようだ。


去年はこの繋ぎの部分が弱く、ディエゴ・フォルラン、柿谷曜一朗、カカウと屈指の攻撃陣をようしながら、そこまでいいパスを供給できなかった。しかし、今年のチームに関しては前線が取り残されてしまうということは無いと見ていいだろう。


もう一つの特徴は負荷のかけ方だ。体を徹底していじめ抜く、鍛える。走りこみもかなりのもので、選手の中には苦悶の表情を浮かべる者もちらほら。

やけくそになって前の山下を追いかけ始めた酒本

けが人が出ていることもあるし、この辺りは不安な面もある。けれども、長丁場のJ2で、主力選手にベテランが多いことを考えると、フィジカルの強化は絶対に必要なもの。ここは「うまくやってくれ」としか言えない。



ここまで練習を見てきた者として、もしアウトゥオリの考えがチームに浸透するのなら、去年迷走したチームより確実に強くなるという確信がある。まだチームは動き出したばかりではあるけれど、手応えのようなものをそこかしこに感じられことは幸運だった。

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