12/11/2013

Jリーグアウォーズ、嬉しさ半分。 #cerezo #photo

2013年は、セレッソにとって最も素晴らしい一年、ということになるんだろうか。2013Jリーグアウォーズではセレッソというクラブ、セレッソの選手たちが様々な賞を獲得した。


柿谷曜一朗はベストイレブンと最優秀ゴール賞、フェアプレー個人賞を獲得。


山口螢もベストイレブン、


南野拓実はベストヤングプレーヤー賞に選ばれた。


そのセレッソは最優秀育成クラブ賞を獲得。


キンチョウスタジアムは2年連続でベストピッチ賞に選ばれた。

もうこれ以上何か賞をとるためには優勝するしか無いのか、というくらいの勢いで、「桜の狼」達はJリーグアウォーズを席巻した。いや、ひょっとしたらタイトルを取ったとしても、セレッソのような取り上げられ方をされることは難しいかもしれない。


セレッソは柿谷、山口螢、南野だけでなく、杉本健勇、扇原貴宏、丸橋祐介、山下達也らセレッソユース出身、もしくはセレッソからプロキャリアをスタートさせた若くルックスのいいタレントを揃え、人気球団になった。(半分は柿谷個人の活躍によるものかもしれないが、それはそれとして)

「セレ女(セレッソを応援する若い女性)」なんて誰も言ってなかった言葉をマスコミに捏造させるほどの過熱ぶりで、関東アウェイでも女性のサポーターが参戦し、黄色い歓声を上げた。それは俺のオカンが熱中していたというビートルズの武道館コンサートの映像と、どこか似ていた。


限られた予算の中で最大の効果を発揮させ、メディアへの露出も増やし、新規顧客獲得に尽力した。2ステージ制にしないと行き詰まると言われるJリーグにあって、セレッソは優等生なのだろう。だから、予想の上を行くようなご褒美をもらえた、というのは考え過ぎか。


しかし育成型クラブへの転換というのは、本当に困窮していた、どん底の中から這い上がるための博打であったわけで、どのクラブもそれに倣えというのはキツいだろう。


ファン感の記事でも書いたけれど、2006年から2007年頭くらいまでのセレッソ、つまりレヴィーが来る前のセレッソは、チームとしてもクラブとしても最悪だった。

大黒柱だったファビーニョとチームのキーマンの一人だった久藤清一を放出。代わりに安上がりな選手を獲得したが、波に乗れずに低迷。名波浩、大久保嘉人らを呼び寄せたにも関わらず、チームはJ2に降格した。そして、殆どの主力がチームを去っていった。

降格が決まった2006年の最終節川崎戦は雨だった。その時の記事がこちら。その時の社長はチームを降格させておいて、挨拶もせずタバコをふかせて笑っていられるような人だったのだ。クラブも酷い有様だった。

それで、このままではいけないといろんな人が立ち上がって、少ない予算でも戦えるチームとはどんなものかを試行錯誤した、それが今につながっている。隣りにガンバという傑出したユース組織を持つクラブがある中で、どれほどの勇気と情熱、それに労力が使われただろう。


ただ、このままではセレッソはそれだけの、流行り廃りに翻弄されるチームという存在からは脱却できないかもなという、そんな危機感が未だにある。

浦和や新潟のような、いつもスタジアムが満員になるクラブ、特定層だけではない、様々な人達に愛される、地域に根ざしたクラブになり、そこで地元のスポンサーを獲得し、規模を拡大させる。そういう正のスパイラルに入らなければ、いつかは同じ思いをするかもしれないとも。ファビーニョを放出した2006年と、シンプリシオを放出した2013年、いや、考え過ぎなのか。



それに、セレッソが選手にとって、未だに「通過点」、「第一歩」的な存在でしか無いことも、悲しい。せっかく育てた選手でも、すぐに海外に移籍してしまう。広島も散々選手を引き抜かれているけれど、それでも残る選手は残って、リーグ2連覇を達成した。広島にできてセレッソにできないのはどうしてなんだろう。

クラブの経営陣は素晴らしい仕事をした。それは、この晴れ舞台が示してくれた。でも次のステージに移らなければ、チームは小さなまま、別ればかりが起こるプロビンチャのままだ。 死ぬまでに一度はタイトルを、と願っている中年からすると、それは悲しく、歯がゆいことなんだ。


いつかは、胸に星を。

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