10/06/2011

きずな。

キンチョウスタジアムのスタンドには、柵もネットも無い。シュート練習の時に臨時でかけられるネットは、選手の枠外シュートからゴール裏のサポーターを守るためで、暴徒から選手を守るためではない。

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「私は、チームはサポーターを信じていますから」

内覧会の時に、柵を設けなかった理由を、宮本さんは胸をはって言い切ってくれた。それは半分はリップサービスだったかもしれない、けれど、嬉しかった、セレッソというチームのサポーターでよかったと。


今日の試合、セレッソの頑張っている様子を一目でも見たかったけれど、仕事の山を切り崩すので精一杯。どうか勝ってくれ、週末に試合を観させてくれと祈っていたものの、かなわなかった。

それは、もちろん残念。ただ、それ以上に、チームとサポーターの間に溝ができてしまった、それが悔しくて悲しくて仕方がない。負けは取り返せばいい、今年も後半だけれど、試合はまだまだ残っている。でも、一度できた溝は、なかなか埋まるものではない。


何かを投げつけたという人は、自分をサポーターだと思っていただろうか?サポーターなら、チームが勝つために何ができるかを考え、それだけをするはず。選手に感情的に接する、それがチームを強くする方法だと考えたんだろうか。それがよくわからない。

辛いことではあるけれど、当該の方は、自ら前に出て、謝罪してほしい。あの非常識なダンマクを出した全北サポーターでさえ、名乗り出て、罰を受け、ライバル心があるはずの日本に向けて頭を垂れた。サポーターとしての誇りを持っているのなら、最後のプライドまで捨てないでほしいと願う。

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レヴィーは常々、チームをファミリアと、家族と言って愛してくれている。縁もゆかりもなかったはずの日本人一人ひとりを大事に思ってくれている。チームスタッフの方達も、みなサポーターを我が友、我が家族のように考えてくれている。

サポーターであるなら、自らをサポーターと言うのであれば、選手達が苦しんでいる辛い今こそ、その力を見せるべきだ。注いでくれた愛情に報いるべきだ。内輪で傷つけあって何が生まれる?怪我で苦しむ我が子に手を上げるようなものと気付け。そうしてまた、同じ方を向いて戦うんだ。それが、家族というものだ。

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