10/22/2006

大阪市内吉野家某店12:15

 仕事が長引いた(というか長引かせてしまった)ので夕飯は外で食べる事にした。外といっても大阪の端に位置する会社の近くには、深夜まで営業している洒落たダイナーなどあるはずも無く、理想と現実のギャップの中で悶えながら、馴染み深いオレンジの看板に魅入られることになった。

「いらしゃいませ~」

 声が些かたどたどしい。カウンターに立つ若い女性店員の顔は、どこか垢抜けない感じがする。ネームプレートを見るとひらがなで中国人の名前が書き込まれていた。まあ、そんな事で別に驚きはしない。ここは人種の坩堝と化している猪飼野にも近いし、こんな時間に曇りない笑顔で接客が出来る日本人なんてそういないだろうし、今の日本なんて、だいたいこんなもんだ。

 その子に「ご注文は」と聞かせるのも面倒な気がして、席につく前に「豚丼、大盛」と小さめの声でオーダーした。厨房にいるのは日本人の青年、「大盛一つ」と告げる女性の声は明るい。野暮ったい私でもどういう間柄なのかは察しがついた。

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 二人の明るい私語をBGMに、豚丼を手早く口にする。あまり長居は良くないようだ。三人でいるのは、なんだか気が引けてしまう。

 そう思っていると四人目の登場人物が舞台に上がってきた、小柄な老人は私と適当な距離をとって、席につく。

「ご注文は?」

「はは、君の好きなものでいいよ」

 店員の声に、老人の声が絡みついた。マニュアルに無い応答に混乱している様子を、老人は楽しんでいるようだった。

「…いや、豚丼でいい」

 ひとしきり堪能してからようやっとまともなオーダーを返すと、小さな体をさらにかがめてカウンターで手持ち無沙汰な様子。ストレスをぶつけた事を自戒しているのか、目に精彩が無い。こちらも丼が目の前に置かれると、手早くかきこんでいく。店員の会話と、箸と丼の当たる音。


 そういえば今節は久しぶりの日曜開催、目下のライバルである京都、福岡の結果を見てから試合に臨む事になる。こういうシチュエーションに置かれた時の選手というのは、どういう心境なのだろう?もし2チームとも勝ち点3を奪えなければ、少しはリラックス出来るかも知れないが、逆に出るといよいよ苦しい。

 ようやっと仕事が終わって、連休が始まるというのに、頭の中は相変わらずサッカーでいっぱいだ。間抜けなもんだと思う。

 とろけそうな頭でいろんな思いを巡らせているうちに、丼は空になっていた。

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 手早く勘定を済ませ、店を出ようとすると、また新しい客が一人、入ってきた。深夜のファーストフード店というのは、思っているより楽な仕事ではないようだ。

 私達の思考の外側にもたくさんの人がいて、その実私達と密接に関係している。大抵の商品がネット通販で手に入ると言っても、昼に夜を継いで注文した現物を運んでいる人間は確かにいるのだし、何気に小腹がすいたといって駆け込むコンビニは、そんな客を待って四六時中店を開けている。創作活動をする者の中には、逆転生活をしていた方が仕事がはかどると、進んでコウモリのようなサイクルを刻む者も少なくない。目に映る以外の部分の方が、むしろ少ないかもしれない。


 スタジアムでは実にいろいろな事象が平行して起こる。多数の人間が注視している場所だけにそこで起こる出来事がサッカーの全てと感じてしまう人も多いと思う。しかしそれら事象はそれ以前に張られた様々な伏線が表層化しただけに過ぎない。突然何かが起こるというのはレアケースで、大抵の事は何かしら前兆を見せてから目の前に現れる。

 残念ながら今のセレッソから、いい兆候を見つけるのは難しい。それでも応援を辞めるなんて事はゴメンだ。そういう個々人の意識だって、今は伏流として地下に潜っているけれど、いつかは大河のようなムーブメントになるかもしれない。それを信じて、明後日(もう明日か)もスタジアムで声援を送ろう。

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