3/15/2006

無題。

 紡績会社に務めていた私の祖父が、長い東アフリカでの勤務を終え、日本への帰路に着いた日、アメリカでは「魔法の銃弾」が若き指導者の頭部を貫いていた。脳漿は彼の乗っていたオープンカーの後部に飛び散り、それを必死にかき集める妻の姿は世界中に届けられた。日米間初の衛星通信で伝えられたニュースは、この悲しい出来事だった。


 彼は大統領になって初めて演壇に立った時、多くの聴衆の前でこう語りかけた。

ask not what your country can do for you
ask what you can do for your country



 人は帰属する集団に依存してはいけない。その人もまた集団の一部であるのだから。もしその集団の中にいる多くの人がそうした意識を持っていたとしたら、その集団に待っている未来は暗い。


なにをしてくれるのかではなく、
なにが出来るのかを考えよう。



 

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