4/09/2005

我が父は空の神。

 明日はセレッソにとっても落とせない一戦であるが、私個人にとっても負けて頂きたくない一戦である。

 というのも、明日の試合は5歳になる私の娘の本格的なスタジアムデビューとなる一戦だからだ。

 もう少し小さい頃から長居には来ていたが、サッカーを観るという意識を持ってスタジアムに来るのは初めて。もう既にキッズサイズのオーセンティックを用意しているし、スタジアムではマフラーでも買おうかと考えている。


 こんな時心配なのは空模様。いくら屋根が有るからといって、土砂降りの中の試合を観るのはつらい。数日前は雨模様か微妙な様子だったのだが、今日になって確認してみると見事降水確率は0%になっていた。次の日からは3日続けて雨が降るというのに、土曜日だけがウソのように晴れマークなのだ。

空.jpg



「 ああ、また親父がやったのだな 」


 こういうめぐり合わせがある度に、私は2年前に亡くなった父の事を思い出す。



赤電話.gif

 真っ暗な部屋に、私一人。目の前に、ピンスポットが当てられた赤電話一つ。
ジリリリリン
 ふいに呼び出しのベルが鳴る。他に選択肢も無いようなので、受話器を取り上げてみる。電話の相手は母だった。憔悴しきった声で私に告げる。
「お父ちゃんが死んでしもうてん…」
 受話器を放り出し、暗い部屋を抜けて、街へ駆けて行く。だが、どこにも父の姿が見つからない。時間だけがどんどん過ぎていく。焦燥感と疲労でクタクタになる。嫌な汗が体を包む。
ジリリリリン
 嫌な夢から開放してくれたのは、目覚し時計のベルだった。夢で良かったと思う反面、心のどこかに嫌なしこりが残った。寝汗で体はグッショリとぬれていた。
 いつも通いなれたはずの会社への道。座りなれたはずの机。慣れてたはずの仕事。でも違和感は消えない。
ジリリリリン
 今日三度目のベルは、携帯電話からだった。午前10時半頃だったと思う。
「 親父のことか…。 」
 電話を取る前から、そんな気持ちでいた。だから受話器の向こうで母が泣きながら父の危篤を告げた時も、妙に冷静でいられた。
「父の心臓が止まったらしいので、病院に行ってきます。」
 そう言った私の顔は、他人にはまるで能面のように見えただろう。
 父の最期を見届ける事は出来なかった。病院に着いた時にはもう父の体は死後硬直が始まっていた。一年ほど前からてんかんの発作が出るようになっていたのだが、やはりそれが原因になったらしい。それ以上詳しい事を聞ける程、その時の母や妹は冷静ではなかった。
 妹は2ヵ月後に結婚式を控えていた。父は長崎の生まれで、酒が無くては生きていけないような人間だったのだが、妹に「お酒を控えなければ式には呼ばない」と言われ、数ヶ月前から一滴の酒も飲まなかったらしい。
 父の酒好きは私も嫌というほど知っていたので、禁酒の件は驚いた。一時は発作も収まっていたのだが、後少しという時に、迎えが来てしまった。
 その話を聞かされ、棺に収まった父の亡骸を見る。さぞ無念だったろう、そう思ったところで、ようやく私も泣く事が出来た。
 葬儀の日は、大雨だった。
 それから暫くして後。妹の式を前日に控えた私達家族は、会場となる東京のホテルの一室で天気予報を見ていた。
「明日は、雨らしいな」
 明日朝一で挙式を挙げる段取りだったのだが、それまで持たないだろうと、気象予報士が話していた。晴れていればコテージに出て、ホテルが用意したそれらしい結婚証書に妹夫婦が二人でサインをする予定だったのだが、どうやら予定変更になりそうだ。
「まあ、しかたないな」
 大阪で仕事を終え、その足でホテルに来ていた私は母にそう言い聞かせると、早々に床についた。
 式の当日。空は予報士の言っていたとおりの曇天模様だった。本来なら準備もあるので当に予定を変更しているところなのだが、ホテル側の計らいでギリギリまで様子を見る事になった。
 式は、まずチャペルで始まる。私は父が踏みしめるはずだったバージンロードを、妹をエスコートしながら進んだ。新郎の前で立ち止まり、妹を彼に託す。父が座る予定だった分だけシートにスペースを作って、二人が夫婦になる誓いを聞いた。
 そしていよいよ、コテージに出る時間になった。
 予報ではもうとっくに雨が降っていてもおかしくない時間なのだが、窓には雨粒一つついていない。コテージに出て空を見上げ、私は目を疑った。
 東京を覆うように広がった分厚い雨雲が、コテージの上だけ途切れていた。まるで誰かがかき分けたように…。
「 親父やろうか? 」
 私は不意にそう思った。空の上にいる父が、妹の晴れ姿を見る為に、邪魔な雲をどかしてしまったのではないかと。
 コテージでの全ての予定は滞りなく済んだ。次の予定が入っているので、長居は出来ない。すぐにホテルの中へと戻る。
 するとコテージから声が聞こえた。どうやら雨が降り出したらしい。さっきまで有った雲の切れ間は、まるで幻であったかのように消えていた。 
 それから家族にとって大切な日は、決まっていい天気に恵まれるようになった。例え雨の予報であっても、何とか曇る程度で収まるようになった。
 母と私は、父が空にいるのだと信じている。いい格好をしたがるのは生前からの性格なのだか、どうもあの世に行ってもそれは変わらないらしい。
 明日は親父に是非長居に来てほしいと思っている。そうして孫の姿を見てやってほしい。元気な姿を、とくと焼き付けてほしい。それが私に出来る、天国にいる親父への精一杯の孝行だから。


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